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●喰いタン 第2回 (1)

□ 横浜港・山下埠頭
作業員たちが埠頭の突端に集まっている。
その視線の先――海に男の死体が浮いている。
五十嵐刑事の声「被害者は、横浜市中区山下町、いわゆる横浜中華街で西宝飯店を経営する王西順、40歳。5年前に来日し、2年前に店を持ったばかりでした」
□ みなと署・会議室
――捜査会議。山内署長も出席している。
五十嵐刑事、西宝飯店の写真を示しながら――
五十嵐刑事「家族経営の小さな店です。9歳の息子が一人。人が良くて、誰からも恨まれるようなことはなかったそうです」
桃  「死因は溺死か?」
新海刑事「いえ、失血死です。刃渡り十五センチの刃物で刺され、その後遺棄されたものと思われます」
五十嵐刑事「深夜に車で遺棄されたようです。目撃者探しに全力を上げています」
桃  「被害者の当日の行動は?」
五十嵐刑事「午後2時過ぎ、ランチタイムのピークが終わり、妻に店を任せて出かけています。研究熱心で、時間を見つけてはいろいろな店を食べ歩いていたそうです。解剖の結果、食事をした直後に殺されています。その店を特定できれば、有力な手がかりになると思われます」
山内署長「(検死報告書を見ていて)こりゃ、麻婆豆腐だな」
桃  「……?」
山内署長「胃の内容物だよ。豆腐、挽肉、長ねぎ、唐辛子、味噌……これは豆板醤や甜面醤だろう」
五十嵐刑事「(おべっか)ですよね! さすが、署長!」
山内署長「事件の陰に食い物あり。喰いタンの出番だな」
五十嵐刑事「は?」
桃  「……ホームズ・エージェンシーの高野聖也のことですか?」
山内署長「(頷き)中華街には中華料理店が190軒ぐらいあるんだって? そこから1軒を見つけ出せるのは彼しかいないでしょう」
桃  「署長、お言葉ですが、警察が探偵に捜査を依頼するのはいかがなものでしょうか」
山内署長「いいんじゃないの?」
桃  「しかし……」
山内署長「もう電話しちゃったもんね」
桃  「――」
山内署長「迅速な事件解決こそが犯罪撲滅に繋がるんだ(と、キッパリ)」
□ ある中華料理店・店内
聖也、ニコニコ顔。
その前にテーブルには、数種類の麻婆豆腐。
そして、ブ然としている桃。
聖也、手を合わせて――
聖 也「いただきます」
食欲旺盛に食べ始める。
桃、従業員や厨房の様子を窺ったりしている。
聖 也「桃ちゃんは食べないの?」
桃、聖也に顔を近づける。
聖也、? 顔を近づける。
桃  「今度桃と呼んだらブッ殺す」
聖也、ニコッ。
□ ホームズ・エージェンシー・社内
京子が買い物袋をテーブルの上に置く。
豆腐や野菜、挽肉、調味料など、かなり大量である。
涼 介「(胃の内容物のリストを見ながら)しかし、なんで食べなきゃいけないの? この材料使ってるか、って聞き込みゃいいんじゃないの?」
京 子「本当のこと言うかどうか判らないじゃない。店の人間が犯人の可能性だってあるし」
涼 介「そうか。で、何してるの?」
京 子「料理に決まってるでしょ」
涼 介「何のために?」
京 子「涼介くん、料理食べて材料とか調味料何使ってるか判る?」
涼 介「……無理かも」
京 子「だから、この材料で作ったらどんな麻婆豆腐になるか知りたくて」
涼 介「ん? てことは、あいつはこれ(リスト)見ただけで味が想像できるわけ?」
京 子「(首を竦め)レシピ引き出してくれた?」
涼 介「もちろん」
と、プリントアウトした麻婆豆腐のレシピを渡す。
涼 介「中華街の店でレシピを公開してるとこはほとんどなかったよ。料理教室とか、食品会社のがほとんど。あ、有名な麻婆豆腐専門店のもあったよ」
京 子「(見て)ふうん、同じ麻婆豆腐でもずいぶん違うんだ」
涼 介「リストと一番材料が共通してるのは……これか」
京 子「とりあえず作ってみよう」
と、エプロンをして準備を始める。
涼介、!
京 子「……なんですか?」
涼 介「いや、料理一緒に作ったりなんかして、新婚夫婦みたいじゃない?」
京 子「(ため息で)妄想するのは構いませんけど、勘違いはしないで下さい」
涼 介「妄想しちゃお(と、ニタニタ)」
京 子「!? 変な妄想はやめて下さい!」
□ 別の中華料理店・店内
聖也の前に、麻婆豆腐が置かれる。
聖 也「(いただきます」
と、食べようとする。
鋭い眼差しで店内を窺っていた桃、聖也の蓮華を持つ手を止める。
桃  「次に行こう」
聖 也「はい?」
桃  「(麻婆豆腐を見て)これは長ねぎが散らしてある。被害者が食べた麻婆豆腐には葉ニンニクが使われていた」
聖 也「でも、せっかく作ってくれたんですから」
桃  「時間の無駄だ!」
と、立ち上がる。
聖也、それでも食べる。
桃が文句を言おうとした時、携帯が鳴る。
桃  「(出て)緒方だ……判った。すぐに行く。(電話を切り、聖也に)今日中に見つけるんだ」
聖 也「さすがに1日で麻婆豆腐190皿、食べられるかなあ」
桃  「喰いタンなら喰え!」
と、席を蹴って店を出てゆく。
聖 也「(ポカンと)くいたん?」
□ タイトル
□ ホームズ・エージェンシー・社内
涼介がドアを開けると――
五十嵐刑事。その横に、小学校低学年の男の子(ヤン)が立っている。
涼 介「五十嵐さん……」
五十嵐刑事「殺された被害者の息子だ。ちょっと預かってくれ」
京 子「預かるって……」
五十嵐刑事「母親がショックで入院した。日本に頼れる親戚はない」
京 子「だったら児童相談所に預けるんじゃないんですか? 普通」
五十嵐刑事「この子が何か知ってるかもしれないから話を聞きたいんだが、こうだからな」
ヤン、携帯ゲームをしている。
京 子「(微笑で、ヤンに)こんにちは」
ヤン、チラと顔を上げるが、すぐにゲームに目を落とす。
五十嵐刑事「日本語通じない」
涼 介「だったら無理です」
五十嵐刑事「そんなこと言うなよ、俺だって困ってンだからさ、あとで迎えにくるから」
京 子「これ、料金は別に発生するんですよね?」
五十嵐刑事「……まあな」
と、出てゆく。
涼 介「(ヤンに)名前なんて言うの?」
ヤン、黙ってゲームをしている。
中国製のゲームである。
涼 介「(ヤンに)ワッチャネーム」
ヤ ン「……」
涼 介「(京子に)ね、中国語で名前って何て言うの?」
京 子「判ンない」
と、料理の準備を始める。
涼 介「(も、調理台に戻りながら)金田一少年より扱いづらいな」
ヤンは黙ってゲームをしている。
□ また別の中華料理店・店内
聖也、麻婆豆腐を食べている。
金田一少年が店に入ってくる。
聖也、気づいて、?
金田一少年「(店員に)金田だけど……」
中国人店員「(片言で)ちょっと、待ってね」
と、厨房へ入ってゆく。
聖 也「一くん(と、呼びかける)」
金田一少年、聖也に気づくが、聞こえないふり。
先程の店員が厨房から包みを持って戻ってくる。
金田一少年、店員の手からひったくるように包みを取って店を出てゆく。
聖也、席を立ち、店員に――
聖 也「今のお弁当ですか?」
店 員「そう。彼のお父さん、とても忙しい。今もアメリカに出張中ね」
聖 也「……お母さんはいないんだ」
□ 中華街・ある通り
金田一少年、週末の夜の人込みの中を歩いてゆく。
金田一少年「(無表情で)……」
ごみ箱がある。
金田一少年、無造作に弁当を捨てる。
□ 同・外れのカフェ
――満員の店内。
金田一少年、ポツリといる。つまらなそうな顔でコーヒーを飲む。
金田一少年「……」
店員がやってきて、金田一少年の後ろの席の客に――
店 員「お客さま、持ち込みはご遠慮願えますか?」
何気なく振り返った金田一少年、ビックリ。
聖也が弁当を食べていたのだ。
聖也、金田一少年に、ニコッ。
金田一少年「(突慳貪に)何で人の捨てた弁当食ってるの」
聖 也「食べてもらえない料理は可哀相です」
金田一少年「……昼間っからこんなに食べられないでしょ」
聖 也「じゃ、夕方事務所に来て下さい」
金田一少年「なんで」
聖 也「美味しい料理は大勢で食べるともっと美味しくなります。一緒に食べましょう」
金田一少年、首を竦め、店を出てゆく。
聖 也「(その背中に)一くんが来るまで待ってます」
聞こえたのか、聞こえなかったのか、金田一少年は何も答えずに出て行ってしまう。
□ ホームズ・エージェンシー・社内
京子、プリントアウトしたレシピを見ながら中華鍋で挽肉を炒めている。手つきがぎこちない。
京 子「挽肉をよく炒めて……甜面醤、醤油、砂糖を加え……」
京子、甜面醤、醤油、砂糖を加える。
涼介、葉ニンニクを刻みながら、心配そうに京子を見ている。
ヤン、二人には目もくれず、ゲームをしている。
京 子「ね、豆板醤とサラダ油と老酒混ぜて!」
涼 介「(慌てて)どれが豆板醤だよ(探して)あ、これか……」
京 子「納豆入れて……って、ホントに納豆入れるの?(と、レシピを確認)」
涼 介「ホントは豆鼓(とうち)って中国の味噌を使うらしいんだけど、被害者が食べたのは納豆で代用してたみたい」
京子、納豆とみじん切りにしたニンニクを入れて炒める。
京 子「後は、スープを加えて、豆腐を入れる、と……」
涼 介「この葉ニンニクは最後に散らす、と」
京 子「いつも食べてるヤツは長ねぎ刻んだのが乗ってるけど」
涼 介「もともとは葉ニンニクだったんだってさ」
京 子「葉ニンニクに納豆……作ってる人、こだわってるのかこだわってないのかよく判ンないね」
涼 介「まあ、日本風ってことで。納豆スパゲッティなんてイタリア人絶対食べないでしょ」
そこへ、聖也が帰ってくる。
聖 也「ただいま」
涼 介「お店、見つかったの?」
聖 也「まだです。(ヤンに気づき)この子は?」
涼 介「被害者の……」
聖 也「ああ、(中国語で)こんばんは」
ヤ ン「(戸惑いつつ、中国語で)こんばんは」
涼 介「(驚いて)なんで中国語喋れんの?」
聖 也「中国にもしばらく住んでましたから」
涼 介「ホントかよ」
聖 也「(ヤンに中国語で)ゲーム、面白い?」
ヤン、答えず黙々とゲームを続ける。
京子、麻婆豆腐を皿に盛って――
京 子「被害者が食べた麻婆豆腐を再現してみました」
聖 也「いいですねえ。いただきます!」
と、手を合わせて、一口。
涼介も一口食べ、固まる。
京 子「え? 何?」
聖 也「うーん、マズいッ!」
京 子「――(ムッとなって食べてみるが)……作り直します」
と、みんなの皿を片づけ始める。
ヤンが聖也に中国語で喋る。
聖 也「挽肉に火が通ったら、早めににんにくを入れてよく炒めたほうがいいって」
京 子「にんにくは最後じゃないんだ」
涼 介「さすが料理人の息子」
ヤン、またゲーム機に戻る。
     ×     ×
テーブルに並べられる麻婆豆腐。
聖也と涼介、ヤン、味見をする。
反応を窺う京子。
涼 介「さっきより全然美味しい!」
聖 也「(頷き)でも、ひと味足りませんね」
ヤン、ポケットから小瓶を取り出して、中の粉末を麻婆豆腐に振りかける。
涼 介「何それ」
と、顔を近づけ、いきなりくしゃみ!
聖 也「花椒(ほわじゃお)、中国四川料理には欠かせない山椒です」
京 子「普通の山椒じゃないんだ」
涼 介「(舐めて)辛ェ!」
聖 也「この辛さがクセになります」
涼 介「(顔を顰めて)辛いっていうより痛いよ。ヤバッ」
と、流しに飛んで行って水を飲む。
涼介、京子、ヤン、食べ始めるが、聖也は味見だけで食べない。
京 子「やっぱりマズいですか?」
聖 也「一くんを待ってます」
涼 介「金田一少年? あいつ来んの?」
聖 也「夕飯一緒に食べようって……」
京 子「大歓迎。ヤンくんと仲良くしてくれると助かります」
と、ヤンを見ると泣いている。
京 子「(驚いて)どうしたの?」
聖也が中国語で話しかけ、ヤンが答える。
聖 也「お父さんが作ったのと同じ味だそうです」
京 子「(複雑)嬉しいけど……」
涼 介「(あれ? となり)ちょっと待って。ってどういうこと?(と、考える)」
聖 也「……」
涼 介「(ハッと)もしかしたら、自分の店で自分が作った麻婆豆腐を食べて殺されたんじゃ……つまり犯人は……ヤンくんのお母さん」
京 子「! ちょっと、ヤンくんの前で……」
涼 介「日本語判ンないからいいじゃん」
聖 也「西宝飯店は昼夜通しで営業してます。彼のお母さんは閉店時間の夜9時までずっと店にいました」
京 子「ということは、自分と同じ作り方をする店で食べて、殺された」
涼 介「判った! 味を盗まれたんだ。食べ歩きの最中に偶然見つけて文句を言った。それで口論になり、殺人に発展した。きっとそうだよ」
聖 也「推理が当たっているかどうか判りませんが、まずこの味の店を見つけなければ」
――C・M――
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