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●サイコドクター 第2回 (1)

□ 雑居ビル・楷メンタルクリニック・洗面所
楷、手を洗っている。
いつものように、丁寧に丁寧に洗ってゆく。
深刻な表情ではない。淡々と儀式としてこなしてゆく。
  楷「........」
一度手を拭いては、また洗い始める。
丁寧に、丁寧に。
□ 同・診察室
好未がデスクに向かって画用紙に絵を描いている。
――画用紙一杯に“木”の絵。
好 未「(ニコッと)出来たー。先生ェ」
と、外に呼びかける。
ドアが開き、あずさが入ってくる。
あずさ「先生、まだトイレです」
好 未「朝の儀式ね」
あずさ「そんな感じですね」
好 未「手を洗わないと、次の行動に移れないの」
あずさ「強迫洗浄って、真面目で几帳面な人がなりやすいんですよね?」
好 未「あら、少しは勉強したんだ」
あずさ「一応アシスタントですから」
好 未「アシスタント? 受付じゃないの?」
あずさ「(キッパリ)アシスタントです」
そこへ楷が入ってくる。
  楷「まだまだ受付だよ」
あずさ「(首を竦め)........」
好 未「はい、先生」
と、描いた絵を見せる。
  楷「(見て)あずさくん、この前川村さんが描いた絵、持ってきてくれる?」
あずさ「それってアシスタントの仕事ですよね」
  楷「いいから」
あずさ、受付の奥から絵を持ってくる。
楷、二つの絵を見比べる。
――両方とも“木”が描かれているが、微妙に違う。
好 未「(心配そうに)どうですか? 先生」
  楷「(笑顔で)ウン、だいぶ不安が取れてきたようだね」
好 未「そうなの、電車にも普通に乗れるようになったの」
  楷「今の調子で行きましょう」
好未、笑顔で頷く。
あずさ、首を傾げて見ている。
    ×      ×
――好未は帰っていない。
楷、デスクに向かってカルテを書いている。
あずさ、好未の描いた二つの絵を見比べている。
あずさ「先生、どうしてこの絵を見て川村さんの不安が取れてきたって判るんですか?」
  楷「これは“バウム・テスト”という心理テストなんだ。幹や枝や根、葉をどんな風に描くかで、その人の状態を読み取ることが出来るんだ」
あずさ「(見比べていて)どこが違ってるんだろ........あ、こっちは幹が切れてる........」
  楷「ああ、それからこっち(古い絵)には傷が多いだろ? それに全体に歪んでいるように見えないか?」
あずさ「ホントだ」
  楷「これが不安の現れなんだ」
あずさ「へえ........(と、感心しきり)」
□  オフィス街
二人の男が対峙している。
――サラリーマン然とした男と、やくざっぽい男。
やくざっぽい男「それですべて忘れようって言ってるんですよ」
「........」
やくざっぽい男「安いもんじゃないですか、それでみんなハッピーになるんですよ」
「(見据えて)本当だな」
やくざっぽい男「(ヘラヘラと)男は嘘をついちゃいけない........俺、死んだおばあちゃんの言いつけ、守ってるんだ」
「(怒りの表情で)........」
□ 雑居ビル・全景
――数日後の夜。
□ 雑居ビル・カフェ“バナナムーン”・店内
――いつもの奥の席。
楷とあずさが、食欲旺盛に食べている。
力 石「(やってきて)いらっしゃい」
あずさ「リキさん、今日の料理、メチャクチャ美味しい!」
  楷「(頷き)この店で食べた中で一番だな」
力 石「喜んでいいのか、悲しんでいいのか、複雑だわ(と、ため息)」
あずさ「はい?」
力 石「今日のはね、あの子が作ったの」
厨房で二十代前半の女の子が料理を作っている。
  楷「最近入った子?」
力 石「三日前にね、拾ったの。純ちゃん」
  楷「拾った?」
力 石「店の前にね、お腹空かせて蹲ってたの」

あずさ
「........?」
力 石「純ちゃん(と、手招きする)」
純と呼ばれた女の子、やってくる。
力 石「純ちゃんです。こう見えても女よ」
あずさ「女にしか見えない、って」
純、頭を下げる。
力 石「二階で精神科医やってる楷くんと........」
あずさ「アシスタントのあずさです」
力 石「あんた、ただの受付でしょ」
あずさ「アシスタント、ですよね? 先生」
  純「........精神科医なんですか」
  楷「そうだよ」
  純「(迷いの表情を浮かべるが)........ごゆっくり」
と頭を下げて厨房へ戻りかける。
あずさ「(突然)あーッ」
みんな、ビックリ。あずさを見る。
あずさ「ほら、お揃い」
と、自分のしているピアスを見せる。
純、!
純の耳には、あずさと同じピアス。
  純「(真顔で)........どこで買ったんですか?」
あずさ「これって、ウラ原の“ジェリーフィッシュ”のオリジナルでしょ?」
  純「あ........そうでしたね(と笑顔を作る)」
  楷「........?」
力 石「純ちゃん、時間でしょ。もう上がっていいわよ」
あずさ「あ、じゃあ一緒に飲みましょうよ」
  純「(迷って)でも........」
あずさ「いいからいいから。ね、先生」
  楷「(純を気にしていて)........ああ」
    ×      ×
――閉店間近。客は楷とあずさだけ。
純が一緒に座って喋っている。
楷は二人の会話には加わらず、本を読みながら飲んでいる。
あずさ「え? あのマンションに住んでるの?」
  純「ええ」
あずさ「あそこって、ウィークリーマンションでしょ? 高いんじゃないの?」
  純「新しいアパートが見つかるまでの仮住まいなんです」
あずさ「フツー次のアパート決めてから出ない?」
  純「そうなんですけど........」
  楷「(聞いていて)........」
  純「あの........お店、連れてってもらえます?」
あずさ「お店って?」
  純「ピアスの........」
あずさ「いいけど、行ったことあるんだよね?」
  純「あ、いえ........あずささんと一緒に買い物出来たら楽しいだろうな、と思って」
  楷「(その様子に)........?」
□ 原宿・裏通り(翌日)
――個性的な店が軒を連ねている。
あずさと純がやってくる。
ショップ“ジェリーフィッシュ”がある。
あずさ「ここよ」
  純「(見て)........」
□ ショップ“ジェリーフィッシュ”・店内
あずさと純が入ってくる。
純、不思議な思いで店内を見回す。
すると、客に応対していた女性店長(小林陽子)が――
陽 子「(驚きの表情で)貴子! どこに行ってたのよ!」
純、戸惑う。
あずさ、え? と振り返る。
陽 子「(純に駈け寄り)貴子! 心配したのよ!」
  純「あの........人違いじゃないですか?」
陽 子「(肩を揺すり)何言ってるの、どこからどう見ても貴子じゃない。心配してたのよ、突然いなくなっちゃうから........」
あずさ、見ている。
  純「........本当に私なんですか?」
陽 子「忘れちゃったの!? あなたここで働いてたのよ!」
あずさ、ビックリ。
陽 子「彼に電話しなきゃ........」
と、電話のところへ行こうとする。
  純「(顔を歪め)私、彼なんていません。あなたなんか知りません。(あずさに)この店だって、私、初めて来たのに!」
陽 子「貴子........」
純、床に倒れてしまう。
あずさ、陽子、!
純、苦悶の表情で喘いでいる。
□ 森診療所・表
救急車が去ってゆく。
□ 同・処置室
純がベッドに横になっている。
――落ち着いている。
しかし眠っていない。
  純「........」
その不安げな表情。
□ 同・診察室
三七子、あずさと陽子に――
三七子「彼女はどこも悪くないわ」
あずさ「え? だって、突然呼吸困難になって倒れたんですよ」
三七子「肉体的にはね、極めて健康」
陽 子「どういうことですか?」
あずさ「! もしかして........」
三七子「(頷き)彼女の病気は、楷くんの守備範囲」
あずさ「........」
□ 雑居ビル・楷メンタルクリニック・待合室
あずさ、楷に話している。
あずさ「純ちゃんはそのアクセサリーショップで働いてたんです。店長だけじゃなく他の店員さんもそう言ってたから間違いないです」
  楷「........」
あずさ「やっぱり記憶喪失なんですか?」
  楷「(頷き)診ていないから断定は出来ないけど、彼女は多分解離性遁走だろう」
あずさ「カイリセイトンソウ?」
  楷「解離性障害の一つ。解離は、解いて離れること。その人の意識や記憶がバラバラになってしまった状態のことを言うんだ」
あずさ「記憶喪失とは違うんですか?」
  楷「いわゆる記憶喪失は解離性健忘」
あずさ「解離性遁走は?」
  楷「蒸発するのが特徴なんだ。自分が誰であるかを忘れ、別の場所で別人として生活する........」
あずさ「別人!? 二重人格ってことですか?」
  楷「二重人格は解離性同一性障害と言って、自分の中に他の人格が存在する解離現象。解離性遁走は自分が何者であるか判らなくなってるから、自分の新しい歴史を組み立てるんだ。つまり........」
あずさ「(ア然)木下純って名前も、ウィークリーマンションの話もウソ!?」
  楷「ウソというのは適切じゃないな。別人になることで自分を守ってるんだ。自分を苦しめている心理的ストレスを切り離してね」
□ 同・カフェ“バナナムーン”・店内(夜)
純、厨房で黙々と料理を作っている。
  純「........」
忍がやってきて――
  忍「純ちゃん」
純、没頭していて気が付かない。
  忍「純ちゃん」
  純「(気付いて)あ、はい」
  忍「お客さん」
  純「?」
忍の後ろに、男がいる。冒頭、オフィス街でやくざっぽい男と対峙していたサラリーマンである。
――野村孝志。
純、怪訝に見る。
野 村「(驚きと喜びの表情で)貴子ちゃん........」
  純「――」
野 村「探したよ。ずっと探してたんだ」
  純「(首を振る)........」
野 村「(その様子に)........僕のことが判らないの?」
  純「(戸惑い)........すみません」
野村、写真を数枚純の前に置く。
  純「(見て)........」
純と野村の仲の良さそうなツーショット写真ばかり。
野 村「まだ思い出さない?」
  純「(首を振る)........」
野 村「僕は野村孝志、キミは松本貴子なんだよ」
  純「私は........」
野 村「........」
  純「(自分に言い聞かせるように)........私は木下純、です」
野 村「――」
その様子を、力石が見ていた。
力 石「........」
□ 同・全景
――楷メンタルクリニックの明かりがついている。
□ 同・楷メンタルクリニック・診察室
楷の前に、ため息の野村。
野 村「........貴子を治療して下さい。お願いします」
  楷「彼女は、『自分は木下純』と言ってるんですね?」
野 村「そうなんです」
  楷「野村さん、彼女のご家族をご存知ですか?」
野 村「もちろん」
  楷「連絡を取って下さい。彼女自身か、ご家族の了解がないと治療は出来ないんです」
野 村「――。私じゃダメなんですか? 私は彼女と結婚する。家族になる人間ですよ」
  楷「申し訳ありません」
野 村「彼女は病気でしょ!? 医者なのに見過ごしていいんですか?」
  楷「心の病気の治療には、本人の治ろうという意志が大事なんです。それに、プライベートな領域に踏み込むことになります」
野 村「(ブ然と)彼女を説得します」
  楷「出来れば、しばらく接触せずに見守ってあげてくれませんか?」
野 村「治療を引き受けもしないで指示なさるんですか」
  楷「アドバイスです。彼女は忘れることで心の平安を保ってるんです。無理矢理思い出させようとすれば、パニックに陥る可能性があります」
野 村「――。原因は何ですか」
  楷「継続する苦しみです」
野 村「........!」
  楷「彼女はそれから逃れるために自ら記憶を失ったんです」
野 村「(蒼褪めて)........」
  楷「(その様子を見ていて)........」
□ 同・カフェ“バナナムーン”・店内
――閉店後。
楷が入ってくる。
力 石「楷くん........」
  楷「彼女は?」
力 石「彼が戻って来る前に上がってもらったよ」
  楷「住所も教えてない?」
力 石「(頷き)楷くんの言いつけ守ったわ」
  楷「(微苦笑で)リキはいい子だな」
力石、小さく折り畳んだ紙を見せる。
力 石「彼から純ちゃんへの伝言」
楷、!
力 石「『もう心配しないでいい、片づいた』って........」
  楷「読んじゃまずいでしょ」
力 石「読まずにいれないじゃない」
  楷「........ン」
□ タイトル

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