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●寿司、食いねェ!第4回 (1)

□ 東京・東松原
――駅の近くの町の風景。
町の一角に、小さな寿司屋がある。
その寿司屋の名前は、“すし・華”。
扉の横に盛り塩がしてある。
一人の背広姿の男が店のドアを開ける。
□ “すし・華”・店内
「らっしゃい!」
元気な声が飛ぶ。
店内は10人ほど座れるカウンターとテーブルが2、3ある。
カウンターの中(つけ場)で、吉永修造と着物姿の伊達与志夫が握り、外で修造の妻・さよりと与志夫の妻・静子が客の世話をしている。
常連客の松田、竹田たちがワイワイやっている。
男(小林弘文) 「初めてですけど、いいですか?」
修 造 「(笑顔で)どうぞ(と、カウンターの席を勧める)」
さより 「いらっしゃいませ」
と、おしぼりを出し、灰皿を置く。
小 林 「(灰皿を返し)結構です。ビールを」
さより 「判りました」
小 林 「(修造に)ネタケース、ないんですね」
修 造 「はい」
小 林 「ない店っていい思い出ないんですよね、やたら格式張ってたり、ウンチクが多かったり」
松 田 「まあ食べてみて下さい。お勘定の時にビックリしますよ。この寿司でこの値段!? って」
小 林 「じゃ、期待して........何から行けばいいですか?」
修 造 「江戸前の握りに決まりはありません。どうぞ、お好きなものを仰言って下さい」
小 林 「(壁の品書きを見て)それほどネタは多くないんだ」
与志夫 「これが精一杯なもので」
修 造 「(山葵を卸しながら)........」
小 林 「じゃ、白身から握って下さい」
与志夫 「美味しい平目が入ってます」
小 林 「いいですね」
与志夫、平目を切りつけ、鮮やかな手つきで握る。
小林の前のつけ台に置かれる平目の握り。
――その美しくて美味しそうな形。
小林、食べる。
小 林 「........うん、うまい」
竹 田 「ズケ、握って」
小 林 「ズケって、マグロでしたよね」
修 造 「ええ。赤身を醤油に漬けたものです」
と、取り出して見せる。
竹 田 「うまいのなんのって、トロなんかメじゃないから」
修 造 「美味しいトロもありますよ」
小 林 「僕にもズケを」
修 造 「かしこまりました」
しかし、修造は握らず、与志夫にズケの柵を渡す。
電話が鳴る。
静 子 「(出て)はい、“すし・華”です。いつもどうも........はい........はい、ありがとうございます。(と、電話を切り)親方、特上三人前、別盛りで」
与志夫 「あいよ」
静 子 「さより、一丁目の本間さん」
さより 「はいはい」
小 林 「出前もやってるんですか」
静 子 「ええ。どうぞ、お持ち下さい」
と、出前用のメニューを出す。
小 林 「いいとこ見つけたな。利用させてもらいます。東松原ハイツの小林です。よろしく」
静 子 「(笑顔で)よろしくお願いします」
さより、松田にビールを持って行く。
小 林 「さよりって、あなたの名前ですか」
さより 「(首をすくめ)いくら寿司屋だからってねえ、子供の名前を何だと思ってるんでしょうね」
小 林 「(微苦笑で)可愛い名前じゃないですか」
さより、嬉しそうに、ニコッ。
修 造 「(見ていて)........」
小 林 「ということは........(と、修造を見る)」
修 造 「女房です」
小 林 「(修造と与志夫を見比べ)親子じゃないんですか」
修 造 「はい」
小 林 「立ち振る舞い、そっくりですね」
修 造 「(謙遜して)とんでもないです」
新たな客が入ってくる。
修造 「(声を揃えて)らっしゃい!」
さより
□ タイトル『寿司、食いねェ!』
――美味しそうな握りをバックに。
□ 同・全景
――夜明け前。
目覚まし時計のベルの音。
□ 同・夫婦の部屋
二組敷かれた布団に、修造とさよりが寝ている。
さより、布団から手をのばし、目覚まし時計を止める。
しかし、起きない。布団を被り、足で修造を揺する。
修 造 「(唸って起き上がり)........起きろ」
さより 「(布団を被ったまま)........寒い。いってらっしゃい」
修 造 「さよりも行くんだよ」
さより 「なんで私が河岸に........」
修 造 「いいから起きろ」
と、さよりをくすぐる。
さより 「やめてよ」
修造、やめない。
さより、ムッとなって修造に襲いかかり、反撃開始。
修 造 「やめろよ」
さより 「修ちゃんが先に攻撃したんでしょ!?」
と――ほとんどじゃれあっている二人。
□ 東京都中央卸売市場築地市場・全景
市場のすぐ近くに波除神社がある。
□ 波除神社・境内
修造、さより、与志夫、静子、典夫が参拝している。
修 造 「今日で35年ですか、“すし・華”開店して........」
与志夫 「ああ」
静 子 「弟子入りして15年目の独立だったから寿司一筋に50年、か」
与志夫 「(感慨あって)続いたもんだな」
さより 「毎日毎日握って、よく飽きないわね」
修 造 「(尊敬の眼差しで)........」
典夫、おみくじを引いている。
典 夫 「(見て)やった、大吉。“願い事、叶う”、だって」
さより 「入試の前に引けばよかったのに」
典夫、ガックリため息をつく。
静 子 「大吉だ」
修造、さより、?
静子と与志夫もおみくじを引いていた。
与志夫 「(おみくじを見て)小吉か。まずまずだな」
さよりと修造もおみくじを引く。
修 造 「(絶句)――」
さよりもゲッとなっている。
二人とも“大凶”である。
静 子 「珍しいねえ、夫婦揃って」
典 夫 「かえって縁起がいいんじゃねえか?」
修 造 「(おみくじを見て)女難の相、あり」
さより 「(おみくじを見て)別離の予感、あり」
典 夫 「なるほど、お義兄さんが女作って離婚するか」
さより 「(ジロッ)........」
修 造 「(笑って)ありえないよ」
与志夫 「(修造に)行こうか」
と、修造と場内へ向かう。
静 子 「(さよりに)あんたも行ってきな」
さより 「昨日飲み過ぎ。松田さんとカラオケで盛り上がっちゃって。(修造の後ろ姿に)いってらっしゃーい」
と、手をヒラヒラ振って大欠伸。
□ 同・表の道
いきなり車の急ブレーキの音。
さより、ア然と立ちすくんでいる。
運転手 「危ねえじゃねえか、ババア!」
さより、典夫に歩道に引き戻されて助かった。
車、走り去る。
さより、ドキドキ。
静 子 「(呆れ顔で)さより、永久に修造さんとお別れになるとこだよ」
さより 「(人心地ついて)ン? ババア!?」
走り去る車を睨みつけた。
□ 東京都中央卸売市場築地市場・場内
――活気ある朝の風景。
魚、魚、魚!
修造と与志夫が魚を買い付けている。
与志夫が魚を選び――
修造が財布代わりのセカンドバッグから金を出して支払いをする。
そのバッグから小銭が転がり落ちる。
修造、反射的に拾おうと追いかける。
その時、魚を積んだ荷車が修造めがけて突進してくる。
修造、ヒエッ、尻餅をつく。
運転している
おばちゃん
「ボヤボヤしてンじゃないよ!」
修造、ホッ。しかし、ズボンの尻が濡れてしまった。
修 造 「(顔をしかめ)........女難の相!?」
□ “すし・華”・茶の間
さよりの妹・石井巻子が、大凶のおみくじを見て――
巻 子 「(呆れ顔で)ダメだよ、お姉ちゃん、大凶のおみくじは神社の木に結んで来なきゃ........」
さより、巻子の子供・大吉のおしめを替えていた。
さより 「そうなの!?」
巻 子 「悪い運持って帰って来ちゃったよ」
さより 「(不安になるが)ま、そんなに信じちゃいないけど。大吉くんにあやかりたい!」
と、手を合わせて大吉を拝む。
途端、大吉が勢いよくおしっこをする。
さより、顔に浴びてしまう。
さより 「――」
巻 子 「(苦笑して大吉に)オバちゃんね、おしっこよりウン、の方がいいんだって」
さより 「やめてよ」
と、洗面所へ――
入れ違いにスキーウェア姿の典夫が荷物を抱えて降りてくる。
巻 子 「典夫、よかったじゃない、予備校の寮、解約しなくて」
典 夫 「(ムッと)傷口に塩を塗るような言葉、ホントにありがたいよ」
静 子 「大学なんか諦めて寿司屋になりゃいいじゃない」
典 夫 「それだけは絶対にイヤだ」
□ あるマンション・廊下
さより、鼻歌混じりにやってくる。
あるドアの前に置いてある寿司桶を持ち帰ろうとして、!?
寿司桶の中に、ネジ消された煙草の吸いがらが数本入っている。
さより、カッとなり、その部屋の表札を見る。
“小林弘文”
さより 「(ビックリ)ウソ........小林さんが!?」
さより、部屋のチャイムを鳴らす。
が、返事がない。
さより 「........」
□ “すし・華”・厨房
修造たち、寿司桶を見ている。
静 子 「洗って返せとは言わないけど、これじゃ煙草の匂いで使いものにならないじゃない」
と、寿司桶をごみ箱に捨てる。
修 造 「(怒り心頭で)俺、行って来ます」
と、出ていこうとする。
さより 「喧嘩になったらどうすンの」
修 造 「こういう時喧嘩しないでいつ喧嘩するんだ」
静 子 「その通り!」
与志夫 「やめとけ。手でも怪我したらどうするんだ」
修 造 「でも........」
与志夫 「出前の注文があっても断ってくれ。それでいい」
さより 「........」
修 造 「........」
□ 同・店内
――夜の営業中。
常連の松田他5、6人の客がいる。
修造と与志夫がつけ場に立ち、さよりと静子がビールやお茶を出したりしている。
ドアが開く。
「らっしゃい!」
と、目をやった修造、!
さより 「(見て)........」
入ってきたのは、小林である。
修 造 「(ブ然と)申し訳ありません、満席です」
小 林 「(店内を見回し)開いてるじゃないか」
□ 同・表
修造、小林の腕を掴んで連れ出してくる。
小 林 「(ムッと)離せよ」
と、修造の手を振り払う。
修 造 「(厳しい表情で)あんたに食べさせる寿司はないッ」
小 林 「(睨んで)客に向かってなんだ!」
修 造 「(カッと)客だと!? 客ってのはな!」
と、詰め寄ろうとする。
さより 「修ちゃん!」
と、二人の間に割って入る。
小 林 「二度と来るか!」
と、捨て台詞で去って行く。
修造、小林の後ろ姿を睨みつけている。
□ 同・全景(数日後)
――朝。
目覚まし時計の音。
□ 同・夫婦の部屋
修造、起き上がる。
さより 「(半分眠っていて)早いよ、河岸に行くわけじゃないのに」
修 造 「行くよ」
さより 「あ?」
修 造 「出張握りだろ」
さより 「!?(起き上がって)ちょっと、今日日帰りで温泉行くんじゃなかった!?」
修 造 「延期しただろ?」
さより 「(ムッと)聞いてない」
修 造 「言ったよ」
さより 「聞いてない。正月休めなかったから最初の定休日に行こうって言った」
修 造 「だから延期だって........」
さより 「聞いてない!」
修造、部屋を出て行く。
さより、ブスッ。
□ 同・店内
修造と与志夫、出張握りの準備を整え、出かけようとしいる。
フテ腐れたさよりが静子とお見送り。
修 造 「(ちょっと気にして)さより、一緒に行くか?」
さより 「行くなら温泉。京都は寒いからイヤだ」
修 造 「(ったく)........」
静 子 「忘れ物ない?」
与志夫 「ああ」
静 子 「新幹線の切符、持ってる?」
修 造 「(確かめて)大丈夫です」
与志夫 「じゃ、行って来る」
□ 小林のマンション・廊下
さよりが寿司桶を回収している。
小林の隣の部屋の前に寿司桶がある。
さより、持ち上げて、!?
二段重ねの下の桶に、山のように吸いがらが入っている。
さより、ムカッ。玄関のチャイムを鳴らす。
しかし、なかなか出ない。
さより、中の様子を窺おうとドアに顔を近づける。
突然ドアが開き、さより、額をぶつけてしまう。
くわえ煙草の男 「ウルサイなあ。何?」
さより 「(寿司桶を突き出し)寿司桶は灰皿じゃありません」
  部屋の中から「おまえの番だぞ」と、麻雀中の仲間が。
男、ドアを閉めようとする。
さより 「あんた、隣の寿司桶も灰皿代わりに使ったでしょ」
と、ドアのノブを引っ張る。
男が急に手を離したため、さより、尻餅をついてしまう。
□ “すし・華”・茶の間
静子、ムカムカが収まらないさよりの額に絆創膏を貼る。
さより 「もう、火ィつけてやろうかと思った」
静 子 「じゃあ、小林さんに悪いことしたね」
さより 「(頷き)追い返したりして........」
電話が鳴る。
さより 「(出て)はい、“すし・華”です! あいにくですが今日はお休みを........」
修造の声 「俺だよ、俺。何気取った声出してンだよ」
さより 「なんだ、修ちゃん」
□ 東京駅・表
修造が公衆電話でかけている。
修 造 「財布忘れた!」
その後ろで、与志夫がタクシー運転手に頭を下げている。
□ “すし・華”・茶の間
静子、テーブルの下から財布を発見。
さより 「あ、あったよ」
修造の声 「時間がないんだ、大至急持ってきてくれ」
さより 「えーッ」
□ 東京駅・表
さより、出て来てあたりを見回す。
が、修造と与志夫の姿はない。
「あのう、“すし・華”さんですか?」
振り返ると、タクシーの運転手が立っている。
さより 「(怪訝に)そうですけど........」
運転手 「旦那さんたち、間に合わないからって21分のひかりに乗るって........」
さより、! 時計を見ると5分前である。
さより 「ありがとうございました」
と、駆け出そうとすると――
運転手 「(掴まえて)タクシー代」
さより 「――」
□ 同・連絡通路
焦るさより、人混みを掻き分けて走る!
□ 同・新幹線ホーム
発車のベルが鳴っている。
さより、階段を駆け上がって来る。
が、間一髪間に合わなかった。
さよりの目の前を、ひかり号が加速しながら走り去ってゆく。
さより、ガクッ。
□ “すし・華”・茶の間
静子が電話に出ている。
さよりの声 「っていうわけで財布渡せなかった」
静 子 「京都まで届けなさい」
□ 東京駅・通路
さより 「なんで!? 向こうに行けばなんとかなるでしょ」
静子の声 「お客様に迷惑をかけることになるし、恰好がつかないじゃないか」
さより 「だって........私、出前の恰好だよ」
静子の声 「親方に恥をかかせないでおくれ」
さより 「........」
□ 駅名表示板
“東京”
新幹線の発車音。
駅名表示、パンすると、“京都”
□ 京都駅・構内の通路
さより、出口に向かっている。
さより 「どうして汽車に乗ると駅弁食べたくなるんだろ。あー、食べすぎだ」
と、ごみ箱に駅弁の空き箱2、3個を放り込む。
□ 同・表
駅ビルからさよりが出てくる。
さより 「のぞみは早いなあ........えーと、どこに行けばいいんだっけ?」
と、ポケットを探り、!?
さより 「なんで!? なんでメモがないの!?」
さより、財布の中やポケットを確かめるが――
さより 「(アッとなり)駅弁の空、捨てた時だ!?」
□ 同・通路
さより、ゴミ箱に駆け寄るが――
ゴミが回収された後だった。
さより 「――」
    ×      ×
さより、思い出そうとしている。
さより 「どこのホテルだったかなあ」
公衆電話が目に入り、電話帳をめくる。
その後ろを、大きな荷物を抱えた修造と与志夫が通り過ぎる。
さよりも修造たちも気づかない。
修 造 「(与志夫に)のぞみの方がひかりより早く着くんですね」
□ あるホテル・玄関
ベルスタッフ 「佐竹様のパーティはこちらではお受けしておりませんが」
さより 「(落胆して)えーッ、じゃあどこのホテルだろ」
□ 別のホテル・全景
ホテルマンの声 「うちではございませんが」
□ またまた別のホテル・全景
さよりの声 「えー、ここも違うの!?」
ホテルマンの声 「申し訳ございません」
さよりの声 「だったらどこ?」
□ ある山荘・全景
――京都市内を一望出来るロケーションにある。
“京都・嵐山”
□ 同・パーティスペース
“宮脇賣扇堂・佐竹竜太郎氏の古稀を祝う会”
盛況である。
  修造と与志夫、即席のつけ場で寿司を握っている。
  「“すし・華”はん」
気品漂う白髪の男(佐竹竜太郎)が微笑でやってくる。
与志夫 「このたびはおめでとうございます」
修造も会釈する。
竜太郎 「おおきに。ありがとうございます。遠いところ、ご苦労さんでございます」
――以下、竜太郎の科白は全て京都弁で。
与志夫 「こちらこそすみません。財布を忘れて秘書の方に迷惑をかけて........」
竜太郎 「(気にするなと手を振り)わてもなんぞ握っもらいまひょか」
与志夫 「かしこまりました」
舞台に、華やかな芸妓と舞妓たちが登場する。
三味線などの演奏と、踊り。
修造、一瞬目を奪われるが、それどころではなく、握り続ける。
□ 京都の町
風が冷たい。
さより、震えつつ、歩いている。
さより 「寒いよォ........もォ、帰っちゃうよ」
などとブチブチ言いながら道路を渡ろうとする。
途端、けたたましいクラクションの音。
さより、迫ってくる車に立ちすくむ。
その時、さよりの腕が掴まれ、歩道に引き戻される。
運転手 「アホンダラ!」
さより 「――」
車、走り去る。
さより 「........すいませんでした」
と、助けてくれた人物を見上げ、!
さより 「小林さん!」
小 林 「(も、驚き)“すし・華”の........!?」
□ ある山荘・パーティスペース
修造と与志夫、忙しく握っている。
舞台上では、客と芸妓たちが(例えば)投扇興(的に扇を投げて点数を競う)で遊んでいる。
寿司の順番を待つ若い舞妓が一人、握る修造たちの手さばきを興味深げに瞶めている。
舞 妓 「(京都弁で)すんまへん、ヅケと鯖とこはだ、握ってください」
修 造 「かしこまりました」
と、握る。
舞 妓 「どこで獲れた鯖どす?」
修 造 「神奈川県沖の........」
舞 妓 「ひょっとして、松輪!?」
修 造 「(戸惑って)え、ええ........」
舞 妓 「(笑顔で)へえ、松輪の鯖かあ........ほんなら穴子は羽田沖、でしょ」
修 造 「はい」
と、握る。
舞妓、ニコニコとその手つきを見ている。
□ 京都の町
さよりと小林。
小 林 「それでわざわざ財布を届けに京都に?」
さより 「........ええ」
小林、携帯電話を取り出すと、さよりに背中を向けてダイヤルする。
さより 「........」
小 林 「(電話に)ああ、俺だけど........」
□ ある観光ポイント
――その風景。
民芸品などを扱う観光客向けの小さな店“○○”がある。
女性の声 「(怪訝に)どちら様ですか?」
□ 京都の町
小 林 「小林弘文です」
□ “○○”・店内
さよりと同年代の女性が電話に出ている。
――小林の妻・加代子。
加代子 「(事務的に)なんや。ここに掛けてくるの珍しいから」
――以下、加代子は京都弁。
□ 京都の町
小 林 「宮脇賣扇堂の佐竹竜太郎って知ってる?」
□ “○○”・店内
加代子 「もちろん。今日古稀のパーティが開かれてるんやけど、アルバイトの子が休んでていかれへんの。(待たせている客を気にして)ゴメン、忙しいの」
□ 京都の町
小 林 「(ちょっとムッと)それは判ってる。どこでやってるかだけでも教えてくれないかな」
□ ある山荘・表
修造と与志夫、持参の寿司道具をタクシーのトランクに積み込んでいる。
竜太郎 「(出てきて)“すし・華”はん、帰ったらあきまへんがな。京都の夜、案内させてもらいます」
与志夫 「ありがたいんですが、明日の朝買い出しがございますんで」
竜太郎 「朝一番で帰ったらよろしいがな」
修 造 「親方、私一人で大丈夫です。佐竹様とつもる話も........」
与志夫 「ン........」
□ 走るタクシー・車内
さよりと小林が乗っている。
さより 「(恐縮して)すいません、付き合っていただいて」
小 林 「(首を竦め)この前どうして追い返されたのか知りたくてね」
さより 「(アッと)すいません! 私たちの勘違いでした」
小 林 「........」
さより 「犯人、隣の人だったんです。小林さん、煙草吸われないのに........ホントにすいませんでした」
小 林 「(微苦笑で)理由が判ってホッとしました」
さより、恐縮しきっている。
□ ある山荘・表
さより、驚いて――
さより 「えーッ、帰った!?」
従業員 「ええ。先ほど」
さより、ガックリしゃがみ込む。
小 林 「(同情して)........」
□ 走るタクシー・車内
修造が乗っている。
修 造 「運転手さん、東京行きの最終は?」
運転手 「たしか九時半ぐらいまであったはずですよ」
修 造 「(時計を見て)........折角だから摘んでくか。どこか美味しい寿司屋知らないですか?」
その途端、急停車するタクシー。
修造、つんのめる。
運転手 「(窓から顔を出し)コラ、危ないじゃないか」
修造、見ると、タクシーの前に若い女の子が両手を広げて立ちはだかっている。
修造、!?
女の子、タクシーに乗り込んでくる。
修 造 「え?」
女の子 「(歌う)私、待ーつわ」
修 造 「えっ!?」
女の子 「松輪の鯖、美味しかった」
修 造 「さっきの舞妓さん!?」
女の子 「そ。岩崎あかね。よろしく」
と、修造の手を握る。
修造、戸惑いつつ握手する。
――以下、あかねの台詞はすべて京都弁。
□ 京都・繁華街
寿司“○○”がある。
いかにも江戸前風の店構え。
□ 寿司屋・店内
カウンターに、修造とあかね。
修 造 「(店内を見回し)ここが京都らしい寿司屋?」
寿司以外の料理のメニューが壁にベタベタと張ってある。
あかね 「握りだけ出してる店なんてめったにないの。ま、他に色々あった方が変な寿司食べなくてすむし」
修 造 「(小声で)変な、って........いい寿司屋紹介するって........」
あかね 「食べれば判るよ」
と、煮物や焼き物などを注文する。
修造、カウンターの寿司メニューを見る。
あかね 「ヅケ、ないよ。こはだ、ないよ」
修 造 「........」
修造、握りを何品か注文する。
    ×      ×
修造の前に握りが置かれる。
修造、いつものように、穴が開きそうな勢いで寿司を眺める。
板前たち、胡散臭げに修造を見ている。
修造、寿司を口に放り込む。
あかね、修造を見ている。
修造、何とも言えない顔になる。
――決して美味しいという顔ではない。
□ 円山公園
――全景。
“いもぼう 平野家本家”の看板。
□ 平野家本家・座敷
さよりと小林。
さより、落ちつかない様子である。
小 林 「どうしました?」
さより 「修ちゃん以外の男の人と食事するの、初めてだから........」
小 林 「ご主人のこと、修ちゃんってお呼びなんですか」
さより 「あ........(赤面する)」
小林、そんなさよりを微笑ましく見ている。
二人の前に膳が運ばれてくる。
さより、修造と同じように料理を眺める。
小 林 「ここの名物のいもぼうです」
さより 「いもぼう........海老芋と、棒だら........あ、だからいもぼうですか」
小 林 「さすが寿司屋のおかみさんだな」
さより 「棒だら、よく煮込んでありますね」
小 林 「その割に芋が煮崩れてないでしょ」
さより 「ホントだ。(食べて)棒だらも柔らかい」
小 林 「海老芋の出すアクか棒だらを柔らかくし、棒だらのニカワ質が海老芋の煮崩れを防いでる........受け売りですけどね」
さより 「(感心して)へえ」
小 林 「このいもぼう、夫婦(めおと)炊きって呼び方もあるんです。夫婦で協力しあって美味しいものを........“すし・華”さん夫婦みたいですね」
さより 「(照れて)そんな........」
小 林 「羨ましいな」
さより 「あの........小林さん、結婚は........」
小 林 「してますよ」
さより 「でも、出前はいつも一人前だし........」
小 林 「単身赴任3年目。今日はこっちの本社で打ち合わせだったんです」
さより 「そうなんですか。大変でしょう」
小 林 「本当は妻も一緒に東京に来て欲しかったんですけど、店を放り出すわけにはいかないって」
さより 「店?」
小 林 「三年坂で小さな土産物屋をやってるんです。その店を放り出すわけにはいかない、ってね」
さより 「(恐縮して)すいません、食事まで付き合わせて。せっかく京都にお戻りなのに........」
小 林 「(首を竦め)まだ店を開けてる時間だし、あいつが終わる頃は新幹線に乗ってなきゃいけない」
さより 「........」
小 林 「........一人の家に帰るのは淋しいですからね」
と、いもぼうをつつく。
さより、そんな小林を見て――
□ 寿司屋・店内
修造とあかねの前に並んだ料理の数々。
二人とも食欲旺盛に食べている。
修 造 「ウン、うまいなあ。どれも味付けが繊細で........(ある料理を摘んで)これは........ぐじの酒蒸しか........」
あかね 「お寿司はどお?」
修 造 「(小声で)どうもこうも.......なんでこんなに甘いの?」
あかね 「(首を竦め)関西はみんなそう。だからイヤやの」
修 造 「酢飯というより砂糖飯........うちの店の二倍は入ってるな」
と、つけ台の寿司を見る。
□ 同・表
修造とあかねが出てくる。
あかね 「(調子よく)ごちそうさま!」
修 造 「(時計を見て、あかねに)どうもありがとう」
あかね 「今度は私に付き合って」
修 造 「へ?」
□ 京都・繁華街
さよりと小林が歩いている。
さより 「(考えていて)........」
小 林 「どうしました?」
さより 「........帰ったら一人なのは、東京でも同じですよね」
小 林 「え?」
さより 「だったらお家の方が........奥さんが帰られたら一人じゃなくなるじゃないですか」
小 林 「(首を竦め)明日朝イチから会議なんですよね。新幹線の始発に乗っても間に合わない」
さより 「........」
□ プリクラの画面
修造、キョトンと画面を見ている。
あかねは、 「イエーイ!」と、Vサイン。
シャッター音。
□ 京都・繁華街
修造とあかねがゲームセンター店頭のプリクラで撮っている。
その後ろを――
さよりと小林が通り過ぎてゆく。